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日本のビバップ黎明期 - 店主

2016/12/04 (Sun) 01:25:25

1952年、戦後復興のさなかに米国陸軍兵として軍務のため日本に来ていた若きバップ・ピアニストのハンプトン・ホウズ。新しいスタイルのジャズに日々研鑽していた日本のミュージシャンのセッションに夜な夜な加わり、彼の刺激的なピアノ・スタイルはたくさんの日本人のプレイヤーに多大な影響を与えた。彼と一緒に演奏したものの中には穐好敏子、植木等、日本のバド・パウエルとも言われながら夭折したピアニストの守安祥太郎もいた(その時のセッションの模様がライブ・レコーディングされている(『幻のモカンボ・セッション〈日本ポリドール〉』)。ホウズは決して偉ぶることなく、気さくに、そしてフレンドリーに接していたという。

そんなホウズについたニックネームが【うまさん】。彼のHawsがHorseと勘違いしてつけられたとか。彼が日本に滞在していた2年間はその後の日本のジャズの発展にどれだけ貢献したか計り知れない。

本国に戻ってからコンテンポラリー・レーベルに残した『ザ・トリオ』やジム・ホールを加えた『オールナイト・セッション』のシリーズは彼の代表作としてつとに知られている。後年から晩年にかけては、ブラック・ライオン、MSPなどヨーロッパでの録音が多かったがバカラックや当時流行っていたポピュラー音楽も積極的に取り入れそれに独自の解釈を加え人気を博した。特に彼のオリジナル〈ソノーラ〉は哀愁を帯びたメロディーは日本のジャズ・ファンには人気が高く、愛されるが故、病みつきになった者を『ソノーラ病』になっていると言われる。幾度となくレコーディングされているがベスト・トラックは「ハンプス・ピアノ/ハンプトン・ホウズ(MSP)」。

日本のビバップ黎明期 - 店主

2016/12/03 (Sat) 23:51:39

ハンプトン・ホウズ、植木等、穐好敏子、/モカンボ・セッション、

君の名は - 店主

2016/12/02 (Fri) 01:09:27

私はダイアナ・クラール。ジャズに興味を持ったのは音楽一家だった両親の影響があったから。高校生の頃には地元カナダのバンクーバーのライブハウスに出演していたわ。それからアメリカに出てバークリーでいっぱい刺激を受けたの。そしてインパルス・レーベルから『ステッピン・アウト』でデビュー。本当に幸運だった。

『ウォール・フラワー(ヴァーブ)』を出してからアルバムはしばらくご無沙汰だけどまた皆さんに新しい私をお目にかけたいと思っています。

今までたくさんのアルバムをリリースしてきたけど、一番印象に残っているのはグラミー賞をいただいた『ザ・ルック・オブ・ラブ(ヴァーブ)』ね。バークリー時代にアレンジメントの勉強をしていた時に影響を受けたクラウス・オガーマンと共演できてレコーディングが夢のようだった。忘れることのできない思い出よ。そしてこのアルバムでチャレンジしたことがあって、私が大好きなこの世で最も美しいアルバムだと信じてやまないジョアン・ジルベルトの『アモローソ〈邦題=イマージュの部屋〉(ワーナーミュージック・ジャパン)』で彼が歌っていた〈スワンダフル〉と〈ベサメ・ムーチョ〉を私も取り上げたの。クラウスにお願いしてあの時のアレンジも変えずにってお願いしてね。ジョアンへのトリビュートの意味も込めて‥‥。

注『文中に登場する人物は実在するものですが内容はすべて筆者のフィクションで妄想です。』

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ライブ終了御礼 - 店主

2016/12/01 (Thu) 14:07:08

先月21日に【トレス・ディアス・パルト】、26日は【ラビアン・ローゼズ】と立て続けにライブを行いました。いずれもジャンルの異なるパフォーマンスにたくさんのお客様にご来店いただき、盛況のうちに終了しました。いつもながら、お客様、そしてサポートいただいている方には感謝している次第です。12月は23日にアルトサックス奏者の蛇池さんをお迎えして、今年最後のセッションを行う予定しております。どうぞご期待ください。皆さん、いつもありがとうございます。

バイ・バイ・ブラックバード/キース・ジャレット - 店主

2016/11/17 (Thu) 00:02:10

キースのジャズの原点と言われるのがチャールズ・ロイドのコンボ(デビューはA・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズだったと記憶する。)だがアルバム『フォレスト・フラワー』などフォーク・ロックやカントリー調のジャズとの融合が当時の若者の間に受けいられ、絶大な人気を誇っていた。その頃のマイルス・デイヴィスはいわゆるハード・バップの昇華(完成)形から新しいスタイルを模索しているところで、特にロック・ビートや電子楽器の導入及びそれにふさわしい奏者を探していたという。

そんな折にこのロイドのライブにずいぶん足を運びキースのプレイに注目していたそうだ。よ時同じくしてチック・コリアとダブル・キーボードで参入することになる彼はライブを含めて数枚のアルバムを残しているがキースそのものはマイルスの彼の起用法には不平不満がタラタラだったというエピソードが残っている。店主も作品を聴いてもあえてキースでなければならなかった必要性は感じられない。その後マイルスとは方向軸の異なるグラウンドでそれぞれの音楽を進めるからそこでの交わり以外二度とクロスすることもなく…と。

キースはマイルスの死後、彼へのリスペクトを抱き即座にこの『バイ・バイ・ブラックバード/キース・ジャレット(ECM)』に取りかかったというから正直驚いた。考えてみたらこのトリオのドラマーであるジャック・デジョネットもマイルス門下生なのでことのほか思い入れは強かったに違いない。マイルスゆかりの曲とこの企画のために作ったオリジナルとで構成されており、特に〈ユー・ワン・アイ・フォアゲット・ミー〉など彼らの演奏にマイルスのミュート・プレイが聞こえているかのようだ。ジャケットデザインも最高。

Re: バイ・バイ・ブラックバード/キース・ジャレット 三匹の猿

2016/11/21 (Mon) 20:21:15

マスター今日のライブ、盛会をお祈り申し上げます!!雪すごいみたいですが、どうかお体ご自愛下さいね!!

Re: Re: バイ・バイ・ブラックバード/キース・ジャレット - 店主

2016/12/01 (Thu) 13:04:52

書き込みありがとうございます。遅れまして申し訳ありません。ライブも無事終了し、ホワーッとしています。そちらも積雪となる天候に北海道の冬景色を思い出されたことと思います。今年も残すところ1カ月、早いものですね。猿さんもお忙しいでしょうがどうぞご自愛くださいね。またお会いすること、楽しみにしております。

映画『白昼の襲撃』 - 店主

2016/10/22 (Sat) 02:56:26

まったくもってうろ覚えの話だが中学生なりたての頃、若者たちの間でファッション、スタイルのかっこよさで絶大な人気があった日野皓正。通称【ヒノテル】は当時の雑誌に引っ張りだこの人気者だった。ろくにジャズのことを知らない店主まで彼の音楽など到底理解することもないまま『ヒノテル、ヒノテル』と言っていた。1969年に発売されたジャズのレコードとしては珍しい「スネーク・ヒップ/白昼の襲撃のテーマ」がカップリングされているドーナツ盤(45回転のシングル・レコードのこと)を買った。もしかしたら今までそんな認識はなかったがこれが初めて買ったジャズ・レコードかもしれない。

石階段にジーンズ姿で横を向きながら腰掛けているジャケット写真も格好良かった。トレードマークのティア・ドロップタイプのレイバンのサングラスもかけていた。
考えてみたらシングル盤は1970年に公開された東宝映画『白昼の襲撃』(黒沢年男主演、緑魔子、岸田森など)に先駆けて先行発売されたものだった。ということからも彼の人気の凄さがうかがえる。そして、日本映画でサントラ盤が発売ということも当時としては画期的なことだった。

【「白昼の襲撃(サウンド・トラック)/日野皓正5(日本コロンビア・タクト)」】
日本ではマイルス・デイヴィスのエレクトリック・サウンドやロック・リズムの導入をいち早く取り入れた日野のクインテット(日野皓正、村岡建、鈴木宏昌、稲葉国光、日野元彦)時代の最先端を行っていた。鈴木宏昌はフェンダー・ローズは今まで日本のコンボではあまり聴くことがなかったし、弟元彦の切れ味良いドラミングも小気味良かった。そんなリズム・セクションにのせた日野のトランペットと村岡のテナーサックスのユニゾンは何とも言えずまるでマイルスとウェイン・ショーターを想起するぐらいゾクゾクする。だが全体のサウンドはマイルスというよりリー・モーガンの当時のスタイルに近い。



トランペット・ウイズ・ストリングス - 店主

2016/10/19 (Wed) 22:54:23

いつの時代でもジャズではトランペットは花形楽器だった。し中でも弦楽器を率いてレコーディングするとなると実現可能できたのはそうそういるわけではない。普通ジャズと言えば、スイングやスリリングを求めがちであるし、そういった類の方が人気が高いが時には【ムード・ミュージック】と間違えられそうなこの組み合わせ(ニニ・ロッソ然り。)で硬派ジャズ・ファンの諸兄にも喜ばれるアルバムを聴くのに最適な時間帯で分けて2枚紹介したい。

【昼下がりのクリフォード・ブラウン】
『昼下がり』とは一般的に正午から午後3時をさすが、店主はうたた寝したくなるような時につい手がのびるのが「ウイズ・ストリングス/クリフォード・ブラウン(エマーシー)」。アレンジャーはカウント・ベイシーの諸作品でも有名なニール・ヘフティだ。ゆったりと時が流れる空間で聴く「ジニーの肖像」そして「柳よ泣いておくれ」まさに絶品である。ブラウンのやや明るめながらもどこか切ないトランペットの音にうっとりする。

【夜の静寂のチャーリー・シェイバース】
1940年代にライオネル・ハンプトン楽団で活躍したトランペットのチャーリー・シェイバースが吹き込んだ1枚「ガーシュイン作品集/チャーリー・シェイバース(EMI・ミュージック・ジャパン)」。聴くなら真夏の夜が最高であるしアレンジャーは名手サイ・オリヴァー。ジョージ・ガーシュインの名曲を情緒たっぷりに吹き上げる。吹き手も気持ち良さげなら聴き手も気持ち良し。グラスを傾けながら〈ザ・マン・アイ・ラブ〉〈エンブレィサブル・ユー〉を聴いていただきたい。そしてアルバムを聴き終えた後、シメがいるなら「スター・ダスト/ライオネル・ハンプトン楽団(デッカ)」で。寝苦しい夜もスッキリと眠れること請けあい。

【アルバム成功のカギ】
いずれもアレンジャー起用にあり!

静か動か(マイルス・デイヴィス編) - 店主

2016/10/09 (Sun) 00:54:59

マイルス・デイヴィスが1964年、ニューヨークはフィルハーモニー劇場で開催されたライブ録音を静と動に振り分けたあまりにも有名な名盤。

【動 FOUR & MORE】
マイルスのフリーブロウイング期の最も充実したアルバム。〈ソー・ホワット〉〈ウォーキン〉〈天国への七つの階段〉〈ゼア・イズ・ノー・グレーター・ラブ〉など息もつかせぬすさまじい演奏が次から次へと繰り出される。これまで何度も聴き慣れているはずのマイルスのナンバーがこれ以上ないくらいのアップテンポで小気味よい。どのプレイヤーも最高の演奏をするがシンバル・レガートのパターンを微妙に変えながらマイルスのトランペットを煽る天才的ドラマー、トニー・ウィリアムズに驚く。店主、何かの節目やパワーが欲しい時に必ずお世話になる1枚である。

【静 MY FUNNY VALENTINE】
『動』でのトニー・ウィリアムズの活躍に対してこちらはハービー・ハンコックのピアノとロン・カーターのベースの素晴らしさがマイルスのバラード美学に色添える。特にピーンと張り詰めた緊張感の中で陰影美をみせるマイルスは自分の意図する音楽に応えるこのバンドに満足しながら吹いていたに違いない。じっくり聴いてみると特に〈マイ・ファニー・バレンタイン〉でのロンのウォーキン・ベースが最高である。

【プロデューサー テオ・マセロの手腕】
前回のオリン・キープニューズの編集同様、マイルスの片腕とも言われた名プロデューサー、テオの手腕も見事だと言わざるを得ないだろう。一つのライブ・パフォーマンスから静と動に分けて、しかもあたかも演奏が続いているが如く構成しているところがすごい。そして最後に2枚のアルバムともマイルスのドヤ顔の表情も絶好調な彼の自信の表れなのだと思う。マイルスの全作品の中でも店主にとっては上位にランクして揺るぎないものとして強くお勧めしたい。

静か動か(ビル・エヴァンス編) - 店主

2016/10/07 (Fri) 23:58:38

エヴァンスのリヴァーサイド4部作でベースをつとめていたスコット・ラファロの突然の事故死はエヴァンスにとって『ラファロ・ロス』といえるほど立ち直るには時間を要するものだった。1962年にベーシストのチャック・イズリールズ(イスラエル)を迎えてスタジオ録音したピアノ・トリオの第一弾がが下記の2枚である。ようやくやる気を取り戻したエヴァンスのためにオーナーのオリン・キープニューズはエヴァンスが気に入るまで制約なしに自由にプレイさせたという。

【動の「HOW MY HEART SINGS」】
「ポートレイト・イン・ジャズ/ビル・エヴァンス(リヴァーサイド)」のジャケットに映っていた眼鏡と同じもしくは同型のもので彼の横顔を捉えたアルバムが特徴的なアルバム。このアルバムに収録されている曲は比較的テンポもよく明るめのものでまとめられている。〈ハウ・マイ・ハート・シングス〉〈アイ・シュッド・ケア〉〈イン・ユア・オウン・スイート・ウェイ〉〈春の如く〉といった小粋なナンバーが続く。そして場違いかと思われるガーシュインの名曲〈サマータイム〉までも全体のムードを壊していない。前トリオから引き続いているドラムスのポール・モチアンのピアノに対しての反応が素晴らしくアルバムのキーポイントとなっている。初出の晩年まで弾くことになる〈34スキドゥー〉も実に躍動感あふれる演奏になっている。

【静の「MOONBEAMS」】
ヴォーカリスト、ニコの横顔をジャケット写真に使った「ムーンビームス(同)」はまさにエヴァンスの静的特質を捉えたアルバムでリヴァーサイドのオーナーのオリン・キープニューズにリスペクトしアナグラム化したタイトル〈リ;パーソン・アイ・ニュー〉の比類なき美しさはエヴァンス・ファン誰しもが彼の完全復活を喜んだに違いない。タイトル曲にもなっている〈ポルカ・ドット・ムーンビームス〉に顕著なようにこのアルバムのピアノに寄り添うチャック・イズリールズのベースはエヴァンスのラインを理解した上ででしゃばることなく的確にサポート。ここがすごい。どのトラックも耽美で官能的。

【キープニューズの狙い】
あくまでも店主の私見であるが、この2枚のアルバムはエヴァンスの意図したものではなく当日想いのままにトラックを重ねていたトリオを静と動に分けてリリースしたキープニューズの手腕によるところが大きい。発売はまず「ムーンビームス」が先行。それはラファロが事故で亡くなる直前にレコーディングしたヴィレッジヴァンガード・セッションをまずラファロが際立つトラックをまとめて「サンデー・アット・ザ・ヴィレッジヴァンガー(同)」を「ワルツ・フォー・デビー」より先に発売した手法と同様だ。ラファロの死の影をちらつかせるには「ハウ・マイ~」だと弱いと踏んだと思われる。実に抜け目がない。

グラウンド・エンカウンター/ジョン・ルイス - 店主

2016/10/06 (Thu) 23:24:36

MJQの音楽監督兼ピアニストであるジョン・ルイスが実質的リーダーとして発表されたのが「グラウンド・エンカウンター/ジョン・ルイス(パシフィック・ジャズ)」。グラウンド・エンカウンターとは『大いなる邂逅』ということなのだか一体どんな出会いなのか。そのことを解くカギがアルバムの4曲目に収録されている〈2度東3度西〉にある。


当時便宜的にアメリカのジャズ・シーンをウエスト・コースト(西海岸)とイースト・コースト(東海岸)で分類していた。これはウエストをロサンゼルス中心に活躍していたミュージシャンとイーストは主にニューヨークで活躍していたミュージシャン及びレーベルを指していたことを念頭においていただきたい。

【2 DEGREES EASTー3 DEGREES WEST】
2度東とはイースト・コーストからやって来たジョン・ルイス(ピアノ)とパーシー・ヒース(ベース)の2人を指し、3度西はビル・パーキンス(テナー・サックス)、チコ・ハミルトン(ドラムス)、ジム・ホール(ギター)を指す。ジム・ホールは出身はイースト・コースト系だがこの頃契約していたレーベルが西のパシフィック・ジャズだったことからそうしたのであろう。東西を代表する一流どころのコラボレーションは単なる顔見せ的な興行に終わっていないのがこのアルバムのすごい点だ。


【アルバムの聴きどころ】
全6曲のうち〈2度東3度西〉がルイスのオリジナル以外は残りは地味ながら佳曲といって差し支えないスタンダードだ。注目して聴いていただきたいのはジョン・ルイスのピアノとチコ・ハミルトンのめったに聴けない組み合わせ。ルイスといえば同じメンバーのコニー・ケイのドラムがすぐに思い浮かぶがマレットを駆使してプレイするハミルトンは新鮮で意外にもしっくりきて『アリ』かなと思う。そしてもうひとつはレスター・ヤングの直系のビル・パーキンスの一世一代の演奏。パーキンスはこのアルバムをもって男をあげた。どのトラックもそしてジャケットも秀逸。一生愛聴に値する名盤として店主おすすめの1枚。


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